• レビュー
  • 2017/3/7 05:00:58

書評『愛しの富士そば』一杯のかけそばから広がる食の世界

関東圏の駅前によく見かける『名代富士そば』の看板。本書は『国内の富士そば全店実食を達成した』著者による食紀行ドキュメンタリーです。

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内容紹介
トルネードポテトそば、ゆず鶏ほうれん草そば
ブレーメンそば、鍋焼きうどん、カレーかつ丼…

自由すぎるメニューがうまい!
だから、僕は今日も富士そば

著者の鈴木弘毅さんは駅そばのスペシャリストとして『マツコの知らない世界』に出演されたこともあるライター。実はAshrafさんとして食育通信onlineにも寄稿いただいています。日本中の富士そばからはじまり、小豆島から果てはフィリピンまで著者は足を運んでいます。

チェーン店である富士そばを全店舗制覇する必要があるのか、という疑問を持つ方もいるかもしれませんが、実は富士そばの各店舗には個性があるそうです。

店舗によって個性があるということは、その裏側には並々ならぬ創作意欲と情熱があるに違いない。厨房の奥から漏れ伝わってくる熱気が、私を駆り立てたのだ。

この本では売れすぎたために(?)販売中止になった一品をはじめ、オリジナルメニュー開発の裏話なども細かく紹介されています。ちなみに僕が個人的に「是非、食べたい」と思ったのは、ソーセージとポテトが載ったブレーメンそばです。このオリジナルそばを提供している元住吉店ではドイツビールのレーベンブロイも頂けるそうです。(『Ashrafさんのご当地ビーグル偏愛録(第36回:神奈川県川崎市)』)

2カ所の富士そばで食べたたぬきそばは、それまでに食べていた他の駅そば店とは一線を画するものだった。とても上品で、高級な印象だった。麺々亭が「野太いゆで麺+甘辛く黒いつゆ+大きくいかつい天かす」だったのに対し、富士そばは「白く細い生麺+やや淡い色合いで端麗系のつゆ+粒の細かい泡雪のような天かす」だったのだ。口広の浅い丼さえもが上品というか、「立ち食いそばらしくない」と感じられた。このような一杯には、それまでには出会ったことがなかった。

たしかに富士そばは上品な味なんですよね。富士そば登場の以前と以後では街場のそば屋さんの存在意義が少し変わった気もします。僕も富士そばでカツ丼を食べることがありますが『カツ丼+かけそば』といったセットメニューや、二十四時間営業も富士そばからはじまったそうです

鈴木さんは富士そばの味の秘密を取材によって明らかにしています。石臼挽きのそば粉を使った生麺は有名ですが、例えば天ぷらは「野菜のカットから店内で」行い、ドクターフライという特殊なフライヤーで揚げているそうです。著者はさらに富士そばオリジナルのかえしを製造している小豆島のマルキン醤油や初台にあるそば麺の工場にまで足を運んでいます。

ちなみに富士そばが使っているかえしは「完全無添加」で、化学調味料や防腐剤は一切使用していないそうです。以下は著者が醤油蔵を訪れた後の感想。

気温30度を越える中、中袖の白衣に身を包み、ゴムで留まった袖口に汗がジャブジャブと溜まる過酷な取材だった。額から流れ落ちる汗を拭くことさえできなかった(もちろん、スタッフは毎日この環境で作業をしている)。

この本の凄さは一杯のかけそばを提供するまでに様々な現場で、様々な人がどれだけ懸命に働いているのか、丹念にすくい上げているところにあると思います。次に製麺工場を訪れ、ベルトコンベアから流れてくる麺を番重に並べる作業を見学した場面です。著者はこの作業をふたりでこなしている様子に疑問を持ちます。

ちなみに、麺箱に詰める作業は、ふたりで行う。単純な作業だからひとりでやればいいのに、と最初は思っていた。現に出てくる麺はふたりで交互に取るわけではなく、ひとりがずっと取り続ける。その間、ひとりはじっと待つのみ。

たしかに麺をとって箱に移すだけの簡単な作業など、一人でやればいいのに、とも思います。みなさんはなぜ、この作業を二人で行うか、わかりますか?

しかし、麺箱は30食でいっぱいになる。いっぱいになった麺箱を積み上げている間にも、次から次へと麺が排出されてくる。ここで機械を止めていたら製造効率が落ちるばかりか、圧延の流れも止めることになり品質にムラが生じてしまう。そのため、麺箱が一杯になったところで作業者が交代するのだ。ちょっと考えれば当たり前なのだけれど、現場を見ないとなかなか気づけないことだ。

製麺工場の一日の生産量はアルバイトも含めて従業員12名でまかなっている2万食以上。毎朝6時から工場は動いているそうです。その後、店舗で麺は茹でられ、つゆはコーヒーメーカーのような専用のマシンで都度、抽出します。そのため煮詰まる心配がないそう。私たちがなにげなく食べている一杯のそばにも品質への細かな心配りと企業努力が込められているのです。

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著者は一つの店舗に24時間密着という試みもしています。実際の現場はなかなか大変そうで、また店内に24時間演歌が流れているため「演歌が苦手な人には向かない」そうです。著者が密着したのが西武新宿店ということもあり、外国人観光客の多さにも驚かされます。

ところで最近、富士そばは「ホワイト企業」として話題になりましたが、本書を読むと与えられた権限がやりがいに繋がっていることがわかります。

富士そばのちょい飲み業態である「ふじ酒場」を開発した古城専務取締役は元々旅行会社に勤めていたそうですが、バブル崩壊にともなって業界の先行きに不安を感じ、富士そばに転職したそうです。

 (なぜ富士そばを選んだのかと聞くと)「旅行会社で、ちょうど富士そばを運営するダイタングループの社員旅行を担当していたんです。担当してみて、雰囲気もよかったし、これから伸びる会社だと感じました」

こういう話ってちょっと信用できますよね。

今、富士そばは海外へも積極的に出店しているそうで、著者はフィリピンにも足を運んでいます。日本では安価な富士そばも現地では大変な高級品で、味なども日本とは違うそうです。(〈Ashrafさんのご当地ビーグル偏愛録(第38回:フィリピン・マンダルーヨン市)〉でも紹介されていますね)

富士そばという一つのそばチェーンからはじまる大きな食の世界。飲食業界に携わっている人には是非、読んでいただきたい本でした。

Text : naoya

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