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  • 2017/1/13 05:00:09

築地「場外」市場はのこります(Report 34)『新春に魚河岸のルーツをたどって…②<旧・小田原町>』

初詣の成田山で見かけた提灯にあった「魚がし」の文字にひかれて、魚河岸発祥の地、日本橋を訪ねた前回。

粋でいなせな魚河岸スピリットにちょいとふれてから、築地に戻って目にした案内板に、かつて日本橋にもあった「小田原」という旧町名を発見。

いまの築地6、7丁目にあたります。踏み入ってみると、おもしろさに満ちた歴史ちい散歩ができました。

 

写真(01)(本文用)

 

築地場外市場の新施設は、『築地魚河岸』。

「食のプロに支持され、一般客にも親しまれる食のまち・築地のにぎわいの拠点となる施設」を目指す注目スポット。“盛り上がりの場”魚河岸の心意気を受け継いでおります。

2棟からできていて、こちら側は『小田原橋棟』です。

 

写真(02)(本文用)

 

その『小田原橋棟』の正面玄関から晴海通りを渡った向こう側に、旧・小田原町は広がっています。江戸期には南小田原町と呼ばれていました。

いまでも軒先の表示板や交番に、その名前が残っています。

 

江戸城増築のときに、徳川家康が相模国小田原から招いた石工の石揚場が、ここの河岸だったことからついた地名。

やはり、カマボコでおなじみ、神奈川県の小田原とつながっていたのですね。

 

その前には、日本橋に石揚場があったようで、それより南にできたので南小田原町に。

 

黄色の四角いワクのあたりが『築地魚河岸』

黄色の四角いワクのあたりが『築地魚河岸』

 

 

そんな町名のいわれと旧・小田原町の地名が記してある、小田原町交番横にある案内板が、今日のわたしの道しるべ。

 

写真(04)(本文用)

 

いやぁ、この界隈、初めて歩いて、惚れました~。

ビルに囲まれた一角ではありますが、旧・小田原町には、昔ながらの古民家が、ところどころに。青銅葺きの壁や木造の長屋。歩いているだけで、ほっこりします。

 

写真(05)(本文用)

 

道端のポリバケツにホテイアオイ。金魚もいます。

昭和のなつかしさに、いちいち足を止めてしゃがみこみます。

 

写真(06)(本文用)

 

レトロ家屋だけでは、ありません。

ケーキ屋にパン屋に、おしゃれなカフェ……どれも可愛いたたずまいで、まるでパリの路地裏に迷いこんだみたい。

 

写真(07)(本文用)

 

しゃれたケーキ屋の前の道にはターレーが!

ここは築地場外市場から、歩いて、ほんの2、3分。海産物の香りがする市場関係の事業所も多くあります。

 

ちょっと先は聖路加病院のある、居留地だった明石町へ。

数々のキリスト教系の学校の発祥の地の牌などがある、西洋文化の香りが残る地域です。

いいね! 何度も足を運びたくなる散歩道。

 

写真(08)(本文用)

 

おっと今回の目的は、魚河岸のルーツをたどることでした。

 

また、晴海通りに戻ります。

『築地魚河岸』の並びに「海軍操練所跡」の案内板があります。ペリーひきいる黒船が来航したあと、幕府は緊急に軍艦の訓練所を配備したんですね。

勝海舟が関わったと書いてあって、ホォ~と案内板を見直しました。

 

時は1857年、南小田原町だったころ。じつは、下調べ中に、この案内板にある、当時の絵図に「肴店」があるよ、と書いてある資料があって目星をつけていました。

「肴店」⇒「さかなを商うところ」⇒魚河岸では!?

 

交番横の案内版には、小田原という由来のもうひとつに、「相州小田原の魚商が、幕府に請うて、この地を開いた」とありました。

 

関東大震災で日本橋の公設市場が、築地に移転してくるそのずっと前から、築地は「魚のまち」として、にぎわっていたのですね。

 

海幸橋があったことを今に伝える橋の親柱。うしろは『築地魚河岸』の『海幸橋棟』

海幸橋があったことを今に伝える橋の親柱。うしろは『築地魚河岸』の『海幸橋棟』

 

ちょっとした散歩の楽しさに、ひとり満足しつつ、『築地魚河岸』でお買い物。建物は細長く、波除通りを隔てて、『海幸橋棟』に続きます。

 

この建物の細長さは……『築地魚河岸』は、築地川の支川を埋め立てた土地の上、水路跡に沿って建てられています。突き抜けると、場内市場の入口付近に出ます。

ここには、平成14年まで、海幸橋があったそう。

毎日、通るのに知らなかった……。

 

お江戸のむかし、海を埋め立てて築かれた土地「築地」は、現代にいたるまで、ガンガンようすを変えて、たくましく発展してきたのですね。

中央区は、案内板をたくさん立ててくれています。

もう少し、歩き回ってみようと思います。

 

写真(10)(本文用)

 

案内板にあった「海幸橋」のいにしえのすがた。(次回に続く)

Text : miho

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