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  • 2016/12/22 05:00:53

<書評> 大量生産、大量消費の思想に立ち向かう 生産者の「まっとうな思い」

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『闘うもやし』 飯塚雅俊(埼玉県・深谷のもやし屋)著(講談社)1400円(税別)

 

本書は、埼玉県深谷市で己が信じるもやしを作り続けている唯一無二の生産者、飯塚雅俊さんとその家族の奮闘記である。

 

この本を紹介する前に、あなたが普段食べているもやしを思い浮かべてほしい。それははち切れんばかりに太くて、シャキシャキとした食感のもやしではないだろうか。そのもやしが登場したのは、1988年のこと。ある企業が開発した技術がきっかけだった。その技術とは、植物が持つホルモンの一種であるエチレンをガス状にして吹きかけることで、もやしの伸長を抑制し、その分、太くする、というものである。以来、この技術は一気に普及して、現在流通しているもやしのほとんどが、緑豆(りょくとう)という種類の大豆を発芽させ、エチレンガスで太くしたものだ。

 

一方、飯塚さんが作るもやしは、「緑豆もやし」以前に主流だったブラックマッペという大豆を発芽させたものである。飯塚さんは、大豆自身の伸びる力を尊重し、エチレンガスをほとんど使用しない。そのため、主流のもやしに比べると、飯塚さんの「ブラックマッペもやし」は細い。だが、噛みごたえがあり、濃厚な味わいと香りが特徴だ。飯塚さんは、先代の父親の時代から、この「ブラックマッペもやし」をずっと作り続けている。飯塚家は、業界全体が一気に「緑豆もやし」にシフトしていった80年代後半に、家族会議を開き、「ブラックマッペもやし」にこだわっていく決断をしたのだ。その理由は明快だった。生産者として「自分がおいしいと思えないもやしを作るわけにはいかない」から。だが、時流とは真逆に舵を切るこの決断を下したが故、その後飯塚さんは次々と取引先から契約を切られてしまう。

 

窮地に立たされた飯塚さんたち家族を、今度は大手スーパーの安売り合戦が襲いかかった。想像してほしい。あなたがよく行くスーパーの青果コーナーで、最近目にしたもやしの値段はいくらだったか? 30円? 20円? 15円? もっと安い? こんな現状で、もやしの生産者に利益はあるのだろうか? そう、利益を上げるのは非常に難しい。低コストで一度に大量生産できる巨大な設備を持っているメーカーだけが、きわめて安い値段で卸す契約を結び、なんとか利益を上げる。飯塚さんのような小規模の生産者は価格競争に太刀打ちできない。これが現状だ。

 

飯塚さんは、この大量生産、大量消費の流れにも立ち向かう決意をする。自ら店頭に立ち、消費者に「ブラックマッペもやし」のおいしさを直接伝え、適正価格に対する理解を求めた。そしてホームページとブログを開設し、思いの丈を綴った。飯塚さんのもやしに対する情熱は、共感を呼び、テレビや新聞でも取り上げられるようになると、応援してくれる仲間が次第に増えていった。なぜか。それは飯塚さんの仕事が「まっとう」だからだ。どんなに巨大な敵を前にしても、飯塚さんのように正論を貫き通せる人が、今の日本にどれだけいるだろう。飯塚さんは言い切る。自分の仕事に後ろめたい部分は微塵もない、どんなに経済的に苦しくて、追いつめられても、理想のもやしをどこまでも追求できる自分は幸せだ、と。

 

本書では、飯塚さんがこの結論に至るまでに直面した、数々の苦難とそれを乗り越えようともがく飯塚家の姿が描かれている。先代の父親、母親、妻、子どもたち、そして悩み、苦しむ中で出会ったたくさんの仲間……「もやし」によって結ばれた人々が生み出す豊かな物語の数々は、多くの人の心を打つはずだ。しかし、である。問題はまだ解決していない。飯塚さんは、本を出版した今も、苦境を脱したとは言えないからだ。飯塚さんの戦いは今もなお、続いている。

 

生産者が苦しむ現状の上に成り立つ「食」とは、はたして「まっとう」なのだろうか。本書を読み終えて、まず、考えざるを得ないのは、おそらくこうした問いである。そして次に読者はこう考える。自分は飯塚さんのように「まっとうな仕事」ができているだろうか、「まっとうな仕事」を通して、「幸福」を得られているだろうか、と。利益を上げるためのノウハウや成功体験をひけらかすだけのビジネス書が巷にあふれる中で、本書がひときわ輝いているのは、金銭的成功とは対極の場所で、労働の喜びを提示しているからである。そこには生きる人間の、本来の姿がある。

Text : harumi

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