• キッチン
  • 2017/6/15 05:00:34

低温調理における安全性、リスクとどう向き合うか(その2)

ChefstepsのJouleやAnovaのThe Anova Precision Cookerをはじめとする”Sous Vide(低温調理)”のクッキングガジェットが比較的安価に入手できるようになり、またそれを扱ったウェブの記事が増えていくにあわせて「低温調理の安全性」に不安を感じたり、危惧するコメントやツイートも見受けられるようになりました。この記事は前回に続いてSous videの安全性とリスクとどう向き合うかについて、特に今回は私自身が参照しているウェブサイト(ダグラス・ボールドウィンのウェブサイト:http://www.douglasbaldwin.com/sous-vide.html)の紹介を交えながら個人的な見解を書きます。

まずダグラス・ボールドウィンが安全性について語っているYouTubeをご覧ください(英語・11分36秒)。

Sous Videの目的は食味を最大限良くし、同時に食中毒を起こす微生物によるリスクを最小限に抑えることを温度管理によって実現することです。ただ低温で調理するにはリスクが伴うことに不安を感じる方も多いはず。冷蔵庫の5℃よりも上の約7°Cからタンパク質が凝固する60°Cあたりまでの間の温度帯が特に危険だと教わった人もいるのでは。なぜ冷蔵庫の温度は安全なのでしょう?ボールドウィンによれば、4.4℃で食中毒を起こす微生物が危険なレベルに増殖するには数日かかり(FDA(2011))、52.3℃で食品が安全なレベルに到達するには何時間もかかるからだそうです。一方、60°Cだと肉類なら約12分、鶏肉の場合35分で安全になるとのこと(FSIS (2005)、FDA (2009)、3-401.11.B.2)。

例えば-1.3℃まで増殖可能な食中毒に関わる微生物エルシニア・エンテロコリティカとリステリア・モノサイトゲネスは、4.4°Cの環境下においては1日1回しか増殖できないため、4.4℃なら5〜7日間 保存可能です(FDA (2011))。

一方、ウェルシュ菌の増殖が停止する52.3℃の環境下で、サルモネラ菌や病原性大腸菌を安全なレベルまで減らすには非常に長い時間がかかります。ダグラス・ボールドウィンが推奨するSousVideの最低温度となる54.4°Cの湯せんでは、厚さ25 mmのハンバーガー用のパティで大腸菌を安全なレベルまで下げるのに約2時間半かかるのだそうです。これまでの常識ではハンバーガー用のパティを54.4°Cで2時間半加熱することは考えられません。これが従来の調理方法で考えられていれる「危険ゾーン」の上限が54.4℃になっていない理由だとボールドウィンは言います。

Content Providers(s): CDC/Don Stalons

Content Providers(s): CDC/Don Stalons

なお低温殺菌した食品は、ウェルシュ菌が危険なレベルに増殖するのを防ぐためにすぐに食べるか、急速に冷やして冷蔵し、胞子の増殖や繁殖を防ぐ必要があります。再加熱においてもウェルシュ菌が危険なレベルに増殖するのを防ぐために、6時間以内に中心温度が54.4°Cに達するよう加熱すべきだと指摘しています (Willardsen他 (1977))。加えて免疫不全の人や感染しやすい人(おそらくは子どもやお年寄り)には提供すべきではないとしています。

さて例えば牛ひき肉を加熱する場合、そこに存在しているサルモネラ菌は60°Cですべてすぐに死滅するわけではなく、5.48分ごとに10分の1に減少します(Juneja他 (2001))。これが前回にも登場した「D値」です。どのくらいのサルモネラを減少させるべきかは、そもそも牛肉がどの程度汚染されているのかによります(興味がある場合は、前回紹介の『食品微生物の生態ー微生物制御の全貌』(中央法規)がここで役に立ちます)。アメリカの場合、米国農務省食品安全検査局(FSIS(2005))は、牛肉中のサルモネラ菌を6.5桁減らすことを推奨しているため、少なくとも60°Cで35.6分が必要なのだそうです。

また細菌が死ぬ速度は、温度以外にも、肉の種類、筋肉タイプ、脂肪含量、酸性度、塩分含有量、特定の香辛料、および含水量を含むさまざまな要因によって決まり、pHが4.1未満のマヨネーズのように酸、塩、またはスパイスの添加はすべて、活性病原菌の数を減らすことができるとのこと。セレウス菌のような胞子形成病原菌のリスクを減らすために、乳酸ナトリウムや乳酸カルシウムのような化学添加物が食品業界でよく使用されてる理由も同様なのだそうです(Aran (2001)、Rybka-Rodgers (2001))。

Credit: Rocky Mountain Laboratories,NIAID,NIH Color-enhanced scanning electron micrograph showing Salmonella typhimurium (red) invading cultured human cells.

Credit: Rocky Mountain Laboratories,NIAID,NIH
Color-enhanced scanning electron micrograph showing Salmonella typhimurium (red) invading cultured human cells.

Sous Videにおいて注意すべき病原菌いろいろありますが、とくに注意が必要なのがサルモネラ種および病原性大腸菌。比較的耐熱性があり、少ない細菌数でも食中毒を引き起こすためです。サルモネラ種の小数点以下6.5桁から7桁減少、病原体大腸菌の小数点以下5桁減少を推奨しています。

真空で加熱調理したのち冷蔵保存するケースで注意が必要なのは、冷蔵庫の温度で増殖可能なリステリア菌ですが、食中毒を起こすにはサルモネラ菌や大腸菌よりも多くのバクテリアの繁殖が必要となります。多くの専門家は、食品の汚染レベルがわからない場合はリステリア菌を6桁減らすことを推奨しています。

ちなみに食品をプラスチック製の袋(ジップロックのような)に密封しておけば、調理後の再汚染が防止されますが、ボツリヌス菌、ウェルシュ菌、およびセレウス菌の胞子は、すべて低温殺菌の軽度の熱処理では生き残ることができます。したがって、急速に冷やした後、食品は冷凍するか、あるいは下記の通りです。

2.5°C以下で最大90日間、
3.3°C以下で31日未満、
5°C以下で10日未満、または
7°C以下で5日未満

これにより非タンパク分解性ボツリヌス菌(産生する毒素の抗原性によりA~G型の7型に分類されるうちのひとつ)の胞子が繁殖して致命的な神経毒を生成するのを防ぎます(Gould (1999)、Peck (1997))。なお非タンパク分解性ボツリヌス菌を安全なレベルまで下げるために温度と時間を組み合わせて使用する場合、6桁減少には、

75℃で520分(8時間40分)
80℃で75分
185°で25分

の加熱調理が必要です(FernandezとPeck、1999年)。

なおダグラス・ボールドウィンのウェブサイトには主な食品別に加熱温度と時間を整理してある表なども掲載されており、とても参考になります。ちなみにこの数値表ですが私の手元にあるChefStepsのJouleに掲載されているレシピの方が温度はやや高めに設定されています。推察するにあえて最低限の温度で、その分、何倍のも長時間であるよりも、食材にとってもっとも美味しくなる温度で最短の時間である方が最適だからだと思われます。

リスクというのは向き合うときに結構なストレスやプレッシャーを感じて、げんなりする時もありますが、大切なのは事実としっかり向き合って「適切に怖がる」ということだと思います。危険性を度外視して根拠なく安全を盲信してもいけませんし(自分が食中毒になるのはまだしも他人を巻き込むことは許されません)、逆に調べも知りもしないで闇雲に怖がってしまっても、その怖がったり、あるいは不安を吹聴することが人を騒ぎ立てたり誤解を生んだり、ともすれば他人を傷つけることにもなります。

あらためて長い歴史の中で先人のリスクの積み重ねによって、今の食文化に支えられた美味しい暮らしがあることに感謝したくなります。

Text : motokiyo

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