• 食事情
  • 2017/6/1 05:00:07

食の仕事人第45回 原材料から手がける究極のクラフトビール

食の仕事人タイトル

今、農業の世界が大きく変化しています。その原動力は若い農業者の存在です。農業の形態は大きく2つの方向性に向かっています。1つは私たちに身近で日常的な野菜を供給する農業法人化の流れ。もう1つはエッジの利いた高付加価値の野菜を生産し、加工まで手がける六次化農家です。今回、ご紹介する茨城県鹿嶋市にある農園『鹿嶋パラダイス』は後者の期待株。『鹿嶋パラダイス』では農産物を出荷するだけではなく、クラフトビールを飲めるレストランなども展開し、このクラフトビールがまた絶品なのです。

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鹿島神宮の参道にある「Paradise Beer Factory」は代表の唐澤秀さんからお話を伺いました。

「そもそも自分で農園をやるつもりも、農的な暮らしへの憧れも全然ありませんでしたから。自分はただおいしいものが食べたかっただけなんです」

と語る唐澤さんは浜松生まれ。父親は会社員で、農業経験は山あいにある祖父の家には自家消費するくらいの小さな茶畑があって、子どもの頃、茶摘みを手伝った思い出があるくらいだったそう。

農業の道を志した唐澤さんは新規就農フェアでもらった企業案内を頼りに農業生産法人に入社します。

「まずは実地勉強、と自分で手をあげて、高原にある農家さんに出向したんです。最初の仕事がレタスの収穫だったんですけど、作業の開始時刻が朝の2時ですよ。2時って夜じゃねえの? みたいな(笑)。でも〈朝どりレタス〉は朝の5時までに出荷しなくてはいけない。それが終わったら今度は白菜の出荷です。そして、レタスの定植、白菜の定植、あとは防除作業。結局、1日18時間くらい働いて、半年休みがなかったんです」

出向先で唐澤さんが出会ったのは休日もなく、当たり前のように日の出から日の入りまで働く農家の姿でした。

「出向先の話ですけど、僕たちはこれでもかっていうくらい働いているのに、そこが出している野菜の品質はすごく悪かったんですよ。世界一労働しているのに、世界一品質が悪いみたいな。いいものを出せれば気分的にもいいんでしょうけど、よくない品物を出しているのは精神的に辛い。農業は不確定要素が多いので、長い時間働けばいいものができるとは限らないんです」

P1180122.jpg「出向から帰り、生産者という立場から今度は彼らを管理する立場になりました。農業法人では栽培計画から出荷まで一通りみていました。そこでわかったんですが、味という項目は野菜業界では評価の対象になってないんです。農協や市場を通じて売られるものは、形やサイズが一番重要。なので農家は味のいいものを作る必要がない。農家のために種を作る種苗会社も生産性が優先になります。これは野菜に限ったことではないですが全てにおいて種、品種を選んだ時点で味がほぼ決まってしまう」

スーパーで買う消費者にはニンニクならニンニク、玉ねぎなら玉ねぎという程度の理解だが、じつは野菜は品種によって味が大きく異なるそう。ブロイラーと地鶏では味がまったく違うのと同じです。日本の品種改良技術は世界でも屈指であるものの、常に味を優先して新しい品種がつくられるわけではなく、流通の都合からは日持ちの良さが、農家から求められるのは耐病性や耐候性であったり、収量だったりします。

「もちろんおいしい品種はありますが、栽培量は限られているので、一般の流通にはのりにくい。うちの会社は直売でしたから、僕はあえて美味しい品種を選んで農家さんにつくってもらっていました。そうした野菜はやっぱり売れるんですよ。それまですごく売っていたので、提案するとわりと意見が通るわけで(笑)。それでちょっと調子に乗っていたんでしょうね」

しかし、順調だった仕事に水を差す出来事が起きます。

「僕は茄子は賀茂茄子が一番おいしいと思っているんです。江戸時代の文献にも「風味円大なるものに及ばず」と書かれているそうですが、丸いナスは普通のものと味がまったく違う。とてもおいしいので、バイヤーさんも食べて納得して、これやろう!ってなったんです。それで農家さんにつくってもらったのに、本当にどうしようというくらいまったく売れなかった」

世の中になかなかおいしいものが広まらない、と落ち込んだ唐澤さん。フラストレーションが溜まるなか、たまたま訪れた埼玉県のある自然栽培農家で小松菜を食べた時、人生が変わったそうです。

「何気なく食べたんですけど、一口目はあまり味を感じないんです。だけど二口目、三口目と進んでいくうちに香りが口いっぱいに広がり爽やかに鼻に抜けて…。そして喉をすーっと何の抵抗もなく入っていく。そして体中のDNAが震えるのを感じたんです(笑)。え、マジで。これ、小松菜? みたいな。全身の細胞がおいしいっていう感じで」

「それまでの僕は〈品種を選べば、おいしい野菜はできる〉って思っていたんです。でも、畑の土壌分析をして、足りない肥料分を投与するような管理を2000枚くらいの畑でやりましたけど、肥料で良くなる畑って実際なかったんですよ。微生物がどれだけ住んでいるか、雨がどれだけ降るかなどで、土壌の性質は全く異なります。条件が固定できない自然界でどの野菜がどんな時にどんな種類、量の肥料分を必要とするかなんか、わかるはずないじゃないですか」

おいしいものを知ってしまった以上、他の選択肢はなかった、と彼は農業法人を辞め、2008年5月に農園「鹿嶋パラダイス」を立ち上げます。

「例えばイベリコ豚は最終工程でドングリを食べさせますよね。すると脂からナッツの香りがしてきます。イタリアのパルマのプロシュートでは豚に乳漿を食べさせるので、脂からミルクの香りがします。自然栽培では、生物が食べたものが味をつくるんです。植物もまったく同じだと思います。有機肥料や堆肥を与えた野菜の味が濃くて甘くても、それは肥料や堆肥の味であって、植物本来のものではない。自然栽培はDNAにプログラミングされた味がそのままに近い形で出る。自然栽培のにんにくは香りや味は強いですが、臭いが食後に残ることはありませんよ」

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「働きながら毎年、海外のベストと評価されている生産者、生産地を廻りました。イベリコハムの生産者生産地では町で全てを一貫してどんぐり畑の管理から豚の管理、屠殺、解体、塩漬け、熟成、販売、バルの経営までやっているところに感銘を受けました。イタリアの水牛モッツァレラチーズ農家、パルミジャーノ・レッジャーノ農家も同じです。何よりそこに働く人々の目の輝きに心を打たれました。みな無垢な瞳を輝かせながら自分のやっている仕事と自分たちの商品をドヤ顔で自慢するんですよ。彼らは食べ物を一貫して加工しているだけじゃなくて『思いの一貫性』があるんです」

唐澤さんは思いの一貫性を実現するために2012年に鹿島神宮の参道に農産物と加工品の販売、レストランを兼ねた「樂田家」(現在のParadise Beer Factory)を開店します。

「鹿島神宮の参道沿いに出店した時は参道もよく見るシャッター商店街で、まわりから結構反対されましたけど、地域活性という点で貢献できれば、と決めました。それに鹿島神宮の参道のほうがわかりやすいでしょ??それに思いの一貫性、おいしいものを感じてもらうには場が必要でしょ。でも、おいしいものをつくってみんなで食べるのはハッピーじゃないですか」

鹿嶋パラダイスの目標は「この世の中にパラダイスをつくる」こと。パラダイス=楽園には酒が必要、ということで有名な千葉の酒蔵、寺田本家に米を持込み、オリジナルの日本酒もつくり、そして、ついには自前で酒造免許まで取得し、ビール造りにまで乗り出しました。

「ビールは最初からつくりたかったんです。当時の日本にはドイツみたいな本当においしいビールがなかった。だからこれもやっぱり自分が飲みたい、造りたい、と。ホントに小さな醸造所で、茨城県ではマイクロブリュワリー第1号でした。まずは基本中の基本である水を探したんです。水は命ですからね。今は鹿島神宮の御神水を使用しています。日本では硬度が一般的に低いところが多いのですが、僕たちの作るエールビールは硬度があったほうがおいしいビールがつくれるんです。鹿島神宮の御神水は神聖な水であるだけでなく、調べた中でも一番硬度が高かった(95度)。なんかご利益ありそうじゃないですか」

唐澤さんが挑むのは原材料からスパイスまですべてが自然栽培の究極のビール。そもそも自然栽培はなかなかビジネスにならない、とされてきました。しかし、唐澤さんは果敢にその部分に挑戦しています。

「僕はおいしさとは官能的で、本能に訴えかけるものだと思っています。人間という動物が感じる最上級の快感だと思う。ドーパミンからエンドルフィンからたくさんあふれ出しちゃって、脳のシナプスが大変(笑)みたいな。僕はそういうものを目指した物づくりをしていきたい」

取材後記 楽園の味

窒素、リン酸、カリウムは植物の三大栄養素で、なかでも窒素は植物の味に大きく影響を及ぼす。かつて新潟のこしひかりが他の産地よりも抜きん出ておいしい米だった理由は肥料をほとんど使わず、あるいは抑えて栽培できたから、と言われている。

農薬や肥料を使わない自然栽培の野菜は間違いなくおいしいが、経済効率が悪いためにビジネスには向かない。唐澤さんはその難しい課題に果敢に挑んでいる。鹿嶋パラダイスでは食に関わるイベントを多く開催しているが、いつも多くの人が集まっている。おいしい野菜とビールがある農園。なるほど楽園とはこんな場所なのかもしれない、と妙に納得した。

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