• 食事情
  • 2017/4/29 05:00:21

ああ、納豆甲子園! 第16回 東京都予選 (その12)

全国の納豆を集め、そこから最も ”納豆らしい納豆” を決める試み、「納豆甲子園」を誰に断ることなくやっております。ここでいう納豆らしいとは、以下の3つの要素。

D値:ダサ度(4点満点) 郷愁の度合い。ネーミングやジャケット(パッケージ)のそれらしさの評価。

K値:クサ度(3点満点)風味の度合い。納豆臭さ、香りの強さの評価。

N値:ネバ度(3点満点)菌の元気度。粘りの強さ、糸の数と密度の評価。

つまり、最も洗練されていない、垢抜けない納豆のことで、最もおいしいではありませんのでご注意を。詳しくはこちらをご覧ください。

連載第1回 http://magazine.shokuikuclub.jp/food/20161105_114005/
【東京のさらにはずれの納豆】
高いビルやでかいマンションがびっちり建ってるばかりが東京ではなく、東京は東にも西にも広く、それに伴い納豆も数かぎりなくあるのはこれまでの話で分かっていただけたと思いますが、さらに驚く納豆を見つけました。何と伊豆大島にも納豆がひとつだけありました。今回は先ずそれから。

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【34番 嶋納豆 前田豆腐店(大島町元町)】

まさかとは思いネットで調べてみると伊豆七島に納豆がありました。ここは他にもくさやなど発酵文化の進んだ土地なので、地域の人にとって納豆は当たり前で自然なことなのかもしれません。
残念ながら世界遺産の小笠原諸島では見つかりませんでしたが、父島で仕事をしたことがあり、東京の離島ということで事情は似てると思いますが、都会と船でつながる離島は食料や物資は輸送に頼っているのが実情です。狭い土地で全ての食料を生産するのは難しいので、カップラーメンや米、味噌など保存できるものはもちろん、牛乳や肉、野菜などの生鮮品も週に一度の船の補給に頼っていて、船が付く時間になると島のみんなが買物袋を下げて港に集まるのが父島の風景です。なので台風のシーズンで欠航が続いたりすると食べ物が底を付き、外食のお店などは大変なようでした。

つまり、島の中でちゃんと生産するというのはそこの生活で欠かせないものという事であり、その技術と材料が揃っている、という大変なことなのです。

メールやサイトが見つからないので、電話して事情を話して送ってもらうようにお願いしてみると、この嶋納豆は町の豆腐屋さんが週に一度くらいのペースで作っているようで、その日に合わせクール便では無いように手配してくださりました。コール便で凍らせると風味が飛ぶので常温で保存するのが一番良いと。こだわりが感じられます。送る日には再度連絡を頂き、大変親切にしていただきました。

届いたジャケットはまさにこれを求めていた!という素朴でシンプルで垢抜けない、納豆らしさ満載の無駄の無いデザイン。とはいえ、使う色合いなどどっからこの色を持ってきたか関連性は見当たらないのに、大島らしさを感じるもの。
正面には「安心して召上がれる自然食!」、脇には「たんぱくの源」など、納豆が島の生活の貴重なタンパク源である事が感じられ、その誠実な感じも好感度が高い。
ギラギラの日差しのもとでご飯といっしょに書き込む光景が浮かぶ、とても良いデザイン。観光地としてのデザインとしても見本となるものだと思います。

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開けてみて先ず驚くのが、豆の色が白くてきれい。おそらく同じ豆で豆腐も作るのだろうけど、豆が違うのだろうか。小さい町では豆腐屋さんが納豆を作るのは昔は当たり前のスタイルだったはずだが、これまでみてきた中では無かったような。

かき混ぜるとペーストのようにふわふわでしっとりした糸ひき。香りは強くないが上品ないい香り、暑い土地なので香りをおさえてあるのかとも考えた。
食感はふわっと軽くモチモチ。これまでとはまた違う味わいで、何もかも新しく懐かしい納豆。

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採点 D4、K1、N3 合計8
島からまた東京の西に戻り、保谷納豆さん。ここで先ず驚くのは商品の多さ!全部で30種類くらいあるのでは?あまりにも多くて一度に試食しきれず、対応してくれた女性の方も心配してくれるほどの量になり、2度に分けて送ってもらうことに。それらはただただ沢山あるだけではなく、それぞれ豆やタレが違うなど細かな工夫がされています。
そして最も重要なのは、特許も取っておられる、炭火造りと言われる作り方。炭火を使って菌を活発に働かせる方法で、それに加え備長炭を部屋に引いたりなど炭をいたるところで用いた独特の作り方。
さらにここでは職人さんを「煮方(にかた)」と呼んでいて、何だか日本酒の杜氏のようなカッコよさにも惹かれます。
色々と気になる点が多い納豆屋さん。商品数が多いので末永いお付き合いになりますがよろしくお願いします。

【35番 玉福来(タマフクラ) 保谷納豆(東村山市青葉町)】

玉福来とは大豆の品種の名前で、ここのフラッグシップといえるような商品。ぱっと見た感じ、高級なお米のようにも見えるデザインのいたるところに気になる文句が。先ず値のはる商品なのに、「たれ・からし無し」、さらにかき混ぜないようにとの注意も。美味しいからそのままそっと食べてくれ!という熱意がすごい。ものすごい馬力のスポーツカーで、「いきなり踏まないでください」のような感じなのだと思います。

この包の中に経木の印刷の袋があり、そのさらに中には本物の経木に包まれた、まるまると太った納豆が!3重に大事に包まれて嫁にきた納豆なのです。ジャケットにあるように豆が本当に大きく、今までに見た中でも最大かも。長いほうの系で2センチ弱あります。

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かき混ぜると糸は豆に見合うように太くたくましい立派なもの。とはいえ引きは優しく柔らかい。香りは控えめで、それでも品のいい懐かしい香り。噛んでみるととても柔らかく、噛むというよりは舌の上で溶ける感じ。肉のいい部分を食べてるような満足感。

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採点 D2、K1、N1 合計4

【36番 東京の納豆売り少年 保谷納豆(東村山市青葉町)】

白黒のつまらなそうな、悲しそうな戦後の少年の写真が載ってます。
それは可哀想で買ってあげたいような、関わりたくないような、判断迷うジャケットですが、この少年は11歳時代と具体的な数字が。もしやと思い、裏を見ると案の定、せっかくなのでそのまま以下に。

戦後(昭和20年代〜34年、納豆売り少年が多かった時代、東京の街は朝早くから納豆売りの少年の「ナットウ〜ナットウ」の声が響いてしました。現在の株式会社保谷納豆の前身は、昭和26年家内工業の木内食品として起業しました。当時小学生だった納豆少年(現会長)は、27年〜32年まで学校に登校する前に毎朝納豆売りに出かけていました。納豆少年には「野球のグローブを買う」と言う大きな夢がありました。当時の納豆は三角形の赤松経木に包まれた、この様な納豆です(再現)。

とあります。小学生の子供が(年数から見ると小1から小6まで)登校前に納豆を、しかも収納の納まりの悪い経木の納豆を売ってるのが先ず凄いのと、次にそんな少年がこんなに会社を大きくして今では沢山の種類と数を売る会社にしてしまったのも凄いのと、色々とすごい納豆と会長。

これほどでないですが、私は小学生の頃に新聞配達をしたことをあり、それを若い二十歳くらいの人に話してドン引きされた事があります。この会長のエピソードは現代には刺激が強すぎるのかもですが、そんな昭和の風を納豆と一緒にどんどん社会に送ってほしいと思います。

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かき混ぜると糸も多く太く頼もしい、箸でひとかたまりで持ちあがる力強さ。食感はしっかり固めで、香りも噛みごたえもしっかり。後味の苦味もしっかりしていて、確かに昔の納豆な感じが出た、硬派な納豆。

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評価 D2 K3 N2 合計8

Text : masaei

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